FC2ブログ

一期一会


しまった。またやってしまった。

何度目か、いや、もう何百度目かの失敗だ。
途中下車した駅の改札を出て、うっかり反対側の出口の階段を下りてしまったのだ。
周囲の景色をざっと見渡す。
ひさしから一歩踏み出せば、ジリジリと肌を刺すトゲのように強い陽光。
むあっとアスファルトから立ちのぼる熱気と、雑踏。
行き交う自動車や店のガラス、看板、乱反射。
見覚えのある、洒落た駅ビル。
何度見ても、明らかに、目的地と反対側の風景だ。
私は昔から、場所と場所の間がつながらない。見えている風景と、行きたい先をつなぐ位置情報、つまり点と点を結ぶべき線がとぎれてしまう。
覚えたはずの目印が、景色と関連した情報として記憶野から上がってこないのだ。
記憶力が悪い、ぼーっと歩いている、と言われればそうなのかもしれない。
いや、ぼーっと生きている、と言うべきか。

はぁ。
熱気にまみれるようにため息を吐いて、きびすを返した。
今降りてきた階段を再びのぼり、カツカツとサンダルの音を響かせながら、さっき出たばかりの改札前を通りすぎる。
もっと静かに歩きたいものだが、ゴムのすり減った私のサンダルは、駅のコンコースに踏み出すたびに、否応なく硬質な音を響かせる。
なんだか挑戦的な足音だ。 


「あのすみません」
弱々しい声が聞こえた。
一瞬、自分のことだと思わなくて、1mくらい通り過ぎてしまった。
歩きながら振り返ってみた。
そこには、手に白い杖を持った50代くらいの男性がいた。
通り過ぎてしまった私の靴音を聞いて、息を吐きながら少し肩を落としていた。
その前を、何人もの人間が、私より静かな足音で通り過ぎていく。


「どうしました?」
迷わずにとって返して声をかけた。
目の前から降ってきた私の声に気づいた男性は、ほっとしたように笑顔になった。なぜか私もつられてほっとした。
「○○デパートとは反対のローソンのほうに行きたいのですが…出口が分からなくて。あの、階段まで連れてっていただければ…」

なんという偶然だろう。
私の目的地は、まさにそのローソンだ。
なんとも不純な動機だが、期間限定で展開されている、とあるコラボグッズが欲しかったのだ。
地元駅周辺にそのコンビニがないため、わざわざいつもより数本早い電車に乗って、出社前に途中下車をしたのだった。

この駅は複数の路線が交わる大きなターミナル駅だ。
中央改札口で降りた左右の出口の先にローソンがあり、○○デパート側の店舗は繁華街の中にあって駅から一番近い。
私の行こうとしていたのは、駅から5分程度歩いた、ちょっと寂れた住宅街のほうだった。
以前、同じように限定コラボグッズが発売されたとき、都心の店舗はほぼ買い尽くされていたけれど、こちらの店舗には、まだ在庫が多く残っていたのだ。
話をもどすがここはターミナル駅なだけあって、改札を出てからも、幾つかの路線の乗り換え口があるし、出口までに段差もある。
改札のすぐ正面は若者に人気のファッションブランドがたくさんはいった大きな駅ビルに直結している。
全盲の人にとっては、複雑な上、非常に距離感のつかみにくい構造になっていた。というか、そうなのだろうと思った。
 
二つ返事でOKすると、その人は、ちょっとすまなそうに言った。
「すみません、今から電車に乗るところでしたよね」
「いえ、ちょうど私、そのローソンに行くところだったんですよ。だからそこまでご一緒します」
罪悪感や負い目など持って欲しくなくて、私は努めて明るい声を出した。


けれど、さて。こういう時は、どう誘導すればいいのだろう。手を引けばいいだろうか。

全盲の方と接したことのない私は、ちょっと迷った。
けれどすぐに思い出す。
以前まだ私が少しでもまっとうな人間でいなければと、ある種の義務と希望にもがきながら、OLをしていた頃だ。
同じ課になった障碍者の子から、目の見えない人に対して、たとえ手助けだとしてもいきなり触ってはいけないと教わった。
どんな理由であれ、見知らぬ、そして予期せぬ状態で、突然腕や体に触れられるのは怖いのだと。
私もそれは理解できた。
その子自身は目を患っていたわけではなかったのだけれど、一番年が近く仲の良かった私に、障碍者が集まる学校に通っていた頃のことをよく話してくれたのだ。

そんなことを思い出しつつ、手を触れてもいいかと口を開きかけたちょうどその時、男性が言った。
「肩に手を置いてもいいですか」

なるほど。肩か。それは知らなかった。
確かに手を引くよりずっと安定するし、雑踏の中でも、距離が近い分、声も届きやすい。
快く承諾すると、男性の手が遠慮がちに肩に乗った。
声をかけながら、うながすようにゆっくりと一歩を踏み出す。

「そのまま、今向いている方向にまっすぐ行けば降り口があります。歩きますね」
「はい、ありがとうございます」
「歩く速度はこれくらいで大丈夫ですか? 速くないですか?」
「これくらいで丁度いいです」
「ここが降り口です。あ、エスカレーターより階段がいいですよね…?」
「ああ、大丈夫ですよ。エスカレーターでも降りられます」
(そうなのか。慣れてるのかな)えと、じゃあ、あと3歩でエスカレータです」
「はい。ありがとうございます。すみません」
「いえいえ、ちょうどローソンに行くとこだったので、本当にタイミング良かったです。…あ、エスカレータ終わります」
「はい」


その人は、私の歩調に合わせ慣れたようにエスカレータに踏み出し、両足をそろえ、きれいにエスカレーターの終点をこなした。
初めての経験に、私のほうが内心ドキドキしていたかもしれない。

「歩くのは、車道側じゃないほうがいいですよね」
「あ、はい、そうですね」
「じゃあ、逆側になるので、一瞬はなれますね」
「あ、でも…できれば、ローソンのある側の通りがいいです。団地はそっち側ですので」
「ああ、でしたら、道を渡らないとですね。ちょっと待ってくださいね、自転車きてます…はい、渡りますね」


正直、上手に誘導できているのか分からない。
わからないから、自分だったら聞きたいだろう情報を思い浮かべ、こんな感じで、今はどのあたりを歩いているのか、周りの状況を交えつつ説明して歩いた。
道すがら、彼は月に一度、ボランティアに参加するために、とある団地に通っていると語った。
その団地が、ローソンの先にあるのだそうだ。


そうこうしているうちに、ローソンに着いてしまった。
すると彼は、何度もお礼を言いながら、ここまで来ればあとは一人で大丈夫だからと、にこやかに歩き出した。
私は歩き去っていく男性の背中を、はらはらしながらしばらくの間、見送っていた。
それから、会社に遅れるギリギリの時間になっていることに気づき、手早く買い物をすませ、駅へと戻った。

でも、駅へと帰る道すがら、かなり後悔した。
駅から離れているので表通りほどではないとはいえ、車の往来もそこそこあるし、店の前に停車している搬入車なども多い。
自転車も多く通るし、目の見える私にだって、ずっと直線で進むのはちょっと難しい。
私の会社は、出社時間が決まっているとはいえ、割とゆるい会社だ。
一応の規定として、フレックス制に対するコアタイムのようなものはあるけれど、各自の仕事の裁量で、そのあたりはわりと融通が利く。
急いで行かなければいけないほど、仕事が詰まっていたわけでもない。むしろ詰まるのは、たいがい夜に集中するのだから。

遅刻したとしても、きっと1・2本電車を遅らす程度だ。
コンビニからそれほど遠くなかったのだから、団地まで、いやせめてこの通りを抜けるまでだけでも、一緒に行けば良かった。
そうでないなら、どうしてあの時、道行くだれかに声をかけ、案内を引き継がなかったのだろうか。

私はいつも判断が遅い。気がつくのが遅い。あとからあとから、後悔ばかりだ。
彼がいつから通っているのかは聞かなかったが、月に一度来ているくらいなのだから、通りの状況などもわかっているだろうし、問題なく歩ける範囲なのだろう。
だから私の憂いも後悔も、ただの良心の呵責で、欺瞞なのかもしれない。ただの心配症なのかもしれない。
それはきっと一生わからない。私は、この日、この場を歩く彼ではないのだから。


その日だけの、途中下車。
たまたま間違えて降りた出口。
引き返しすことになった時間のロス。
硬質の床に響く、うるさいサンダルの音。

それら全てがあったから、全盲の男性の前を過ぎて、声をかけられた。

小さな小さな偶然が重なったがゆえの、ほんのひとときの時間の共有。

男性がどこに住んでいて、何をしているのかは知らない。
私が再び彼を案内することは、もう二度とないだろう。
あと半月もすれば、私はこの地を離れてしまうのだから。



私の世界と、彼の世界が、今後交わる可能性は、ないに等しい。
もっというならば、その日、その駅ですれ違った、全ての人間と私の時間が交差する可能性だって、ないに等しいのだ。


違う時間を送り、私の知らない場所を行き、違うものを見て、あるいは感じて、経験しているだろう人たち。

一期一会。
違う世界を生きる人間同士が邂逅する、奇跡のような偶然。


いろんなことに鈍い私には、上手な誘導も、うまい会話もできないけれど。
私の知らない世界に触れさせてくれる、そんな一瞬の出会いがとても好きだ。




web拍手 by FC2
拍手お返事です。

今更、元記事の下に追記でお返事すればいいんじゃと気づいた!


●名無しさま

コメントありがとうございます^^
なるほど、たしかにそうですね。
過剰に手を貸すことは、不必要な過保護にもなり得るんですね。
私はどうも、出来なかったことに意識を向けがちでして。
その時その人が望んで、私にできる範囲のことをした、それだけでOKなのかもしれませんね。

関連記事
スポンサーサイト
Posted by  tsgmi on 13.2014 幻想現実譚   0 comments   0 trackback


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://isisgarden.blog.fc2.com/tb.php/50-bf539e8b

プロフィール

 tsgmi

Author: tsgmi
はぐれ魔女。
あるいは、矛盾の錬金術師。
本業は編集デザイン。
たまに、ないると名乗ります。

ときにカード鑑定してみたり、天然石やハーブをつかって妖しげな術をしてみたり。
たいていワタシのほうが右往左往しています。何か手助けが必要な際は、遠慮無くお声がけを。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: